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賃貸か分譲(持ち家)か

九龍城
については(2018-12-03)に書いた通りで、基本的にはこれから上がるなら買いだし、下がるなら賃貸ということ。それしかない。
橘玲が言っている「不動産に過剰に投資するな」は純粋な損得以前に、大して金持ってないのに不動産投資なんてするなってこと。

それとは別に考えたのは、資金や不動産価格の変化に関係なく理論的に最も住居費用を減らす方法は何かということ。
賃貸については、物件の管理・建て替え費用のほかに必ずオーナーの利益分まで賃料で負担しているのだから、借主はオーナーの利益分だけ損である。
分譲マンションは、不動産・マンション建築会社に多大な利益が発生するから、その分やはり損である。しかも榊淳司が言うように、現在マンションは供給過多で、今年あたりから明確に下がり始める。一等地以外のマンション価格は厳しい。

このように客になってしまうと必ず損が生じる。持ち家なら、建築会社の利益は負担するものの、ずっと住み続けられるので比較的損が少ないが、流動性が悪く生活や状況の変化に対応しづらい、土地の価値は場合によるが(これから上がる場所は少ないか買えないくらい高い)、建物の価値は必ず急落する(一定期間、例えば20年くらいは住まないと損)、維持費が結構かかる(災害があればさらに)、さらには土地の面積あたりに住める人数が少なく、土地の利用効率が悪い(それを敢えてやるのを贅沢という)。

そうすると、アパートやマンション1棟を所有してその一室に住む(賃貸併用住宅)のが最も無駄がない。そんなことはもちろん土地持ちの人はよくやっている(大抵は自分の住宅も持っているので、商売の物件の一室に住むなんていう”貧乏臭い”ことはあまりしてないかもしれない)。ただしデメリットとして、1.そもそも1棟持ってないし買えない(特に都内)、2.流動性はやっぱり良くない、3.その物件は自分の住居というよりも”商売道具”なので賃貸住居優先すなわち持ち家の快適さはない、4.アパート・マンション経営が下手だと大きな損をする=リスクが大きい。私はその経験も知識もないし、これからオーナー業を始める気が起こらない(面倒だから)。

現実的に1棟買いは実現困難なので、最も低リスクで成功もしないが大きな失敗もしない(何かあればすぐ逃げられる)方法を選ぶなら賃貸になってしまう。

#結構大きな、誰でも直面する問題ではあるが、気が付けばまわりで賃貸マンション暮らしは自分だけになってしまったので、誰も関心なさそう

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貧乏人の子沢山考察~学歴階級闘争

収入と子
自分はセコいので外食といえば回転寿司や安レストランだが、そうすると、子供2~3人+ベビーカーみたいなファミリーが目立つ。若干、子供がたくさんいて羨ましい+邪魔というネガティブ感情もあるが、自分にできない事をしているという点では、彼らの方が優れている点を認めざるを得ない。
で表題の件だが、調べてみると、誤りだった。

富裕層世帯の妻が「多産」を嫌がる理由(PRESIDENT Online)

―引用―
1. 母親が高学歴であるほど子供ひとり当たり養育費が高くなる
2. 母親が高学歴であるほど子供数は少なくなる。
3. 相対的低収入層では本人世帯収入が平均世帯収入に近づくと出生確率が上昇する
4. 「相対所得」が高い(自分のほうが平均より世帯収入が高い)と養育費が高くなり、その結果、出生確率が低下する

母親の最終学歴が高いほど、出生率は低くなる

結論1:年収2000万円くらいまでは、子供の数が3人の割合が増える。ただし、最近の富裕層の平均子供出生数は2.00で子供の数は一般人とさほど変わらない。
結論2:「貧乏人の子沢山」ではなく、低所得世帯はむしろ一人っ子の割合が高い。また、「低学歴の子沢山」という傾向も認められる。
―引用―

図の通り、お金がないと現実的に子供一人を養育するのがやっとってこと。
だが上のような店で私が見かけるようなファミリーはおそらく、外見と振る舞いから中~低所得であろうと推測される。おそらく低学歴でもある。(現代日本では一般的に、高所得を得るのに高学歴は必要条件であろう。ただし十分条件ではない 例)大学院出で就職難とか)
低所得は多産につながらないが、低学歴はつながるので、これを軸に無理くり「貧乏人(≒低学歴)の子沢山」の理由をつけると

1.低学歴な人はよりprimitiveな感性(理性・知性は本能(子作り)を減衰させる))を持ち、近代以前の人類のように多産傾向である。(むしろ人類の歴史からすると現代日本は絶滅につながる少産であり、多産な人は”人間強度が高い”と言える)

2.子の数については妻(母)の性質により依存するものと思われる。夫が高学歴であれば家庭は裕福で妻も高学歴な傾向があり、高学歴な妻は仕事や趣味等に没頭しているので出産・育児には消極的である。低学歴で暇な主婦は子作り・子育てくらいしかする事がない。(PRESIDENT Onlineの説明)

3.武田邦彦説では、例えば戦争でたくさん人が死ぬと集合的無意識のようなものに影響され国全体が多産傾向になるとしている。現代日本では、未来は暗く経済的に若い世代がこれから幸福になるのは難しいという「空気」が溢れているため、空気を読む人(およそ高所得高学歴っぽい集団)すなわち感受性の高い人はそれに影響され子づくりには消極的になる。感受性の低い人は気にせず子作りする。

4.これもまた集合的無意識的な生存戦略。高学歴・高所得組は少数の子供に集中投資し競争に勝って自分同様の高い社会的地位に就かせようとし(競争社会における正攻法)、低学歴・低所得組はそのような投資ができないため多数の子孫を残す(質より量の人海戦術)という生存戦略で、いずれも自らと同じ性質・能力系統の子孫の繁栄を目論んでいる。

#さらに言えば、低学歴組はそのprimitiveな感性から、人類の歴史上ごく最近普及した学歴(知性)至上主義に対抗すべく、知性よりも人間の原始的な活動(歌・ダンスのような祭り・芸能、喧嘩・スポーツのような肉体活動)に価値を置く。そうして人類全体の知性がどんどん進化するのを抑制するネガティブフィードバックに働き、昔の状態を維持しようとする(一動物としての人類の恒常性維持)。

※一応確認しておくと、私は裕福な学歴至上主義者ではない。本当の意味で頭が良い事は学歴とは関係ないと思っている。高学歴者は社会に適合しやすい、優秀な奴隷であって、人情味に薄く、悲観的で鬱傾向になりやすい(私感)。安定したシステムでは優遇されるが変化には弱い。このまま知性を追及するとおそらく人類は弱体化・絶滅するし、個体としても弱くなる。合理性なんて言葉遊び。個人的にはオカルト方向にしか活路を見いだせないので、知的活動はそこそこに、「頑張らない・我慢しない・考えない」方向に行きたい。あと少しは運動した方がいい。

クレーマーが増えた原因

outofbase

1.一個人がネットで表現できるようになった
昔からおかしな人やクレーマーはいたが、周囲の人・関係者以外には認知されず、目立たなかった。それ以上に伝わるにはマスメディアが必要で、かつて(自分の子供のころ)それはテレビ・ラジオ・本/雑誌のみだったので、そこで発表しない限り知られなかった(自分で演説するという手もあるが)。メディアで多数に対し表現できるのはごくごく少数の有名人や偉い人だけだった。
それが現在では、何でもない一庶民(*)がネットで意見を言えるようになり、また細かいニュースも伝わるようになったので、クレーマーが目立つようになった。

2.分業化の結果(武田邦彦説)
社会がどんどん分業化し、仕事は自分のやっている狭い分野の事しかわからず、日常生活においても、手間のかかる料理は買ってくるか外食に頼り、モノは作るよりも買ってきたり、作業は専門職に依頼するなどして、自分は金を出すだけになった。わからないし、できない。複雑過ぎて何でも自分でやるのは難しくなった。そうなると、問題に直面しても(専門性が高いため)自分で調べたり試行錯誤して解決することなどできず、ただ金を払って依頼して、その相手に文句を言うことしかできない。
つまり、現代社会においては問題が発生したら対応責任者にクレームを言って対応してもらうのが正しい流れなのである。そうなると過剰にこれをやっちゃう人が出てくる。

*:昔は偉い人(地位もそうだけど傑出した人って意味で)しか文章などを残せなかったけど、今じゃ誰でも本を書いたりさらにはネットなんて誰でも書けるからノイズばかりになった。古典を読めというのは、当時の偉い人が書いてしかも時代を超えて残っている=普遍的に価値が認められてるから意味的純度が高く、ハズレが少ないということ。
ただ現代では、それら価値ある古典を踏まえてさらに進めた考えもあるから、そういうのをノイズの中から探すという作業が必要になる。
尚、ネットで顔の見えない相手と議論をしても大抵無駄である。相手が、プライドよりも価値ある結論を見出すことを重視している人かどうか、わからないから。中学生とかアフォとか基地外とかを相手しても、ねぇ。

かんぽ生命詐欺

猫歩き
かんぽ生命の悪質営業はほぼ詐欺といっていいもので、よくもまぁ元国営の公的巨大企業がここまでやってたなぁと思う。絶対に潰れない企業が、こういう事をしてしまで(無駄に)利益を伸ばそうとするのはなぜか。

例えば、ほとんどの政治家の第一目的は、まずは最低限、政治家という自らの地位の維持であり、次いでその向上である。もしかしたら何か実現したい事があってそのために政治家になったかもしれないけど、すぐに、政治家であり続けないと何もできない、政治家でなくなった自分は何でもないタダの人ということに気付くだろう。そもそも自分の顔を町中に張り出して自分を見て!みんなのために良いことをするから応援して!なんてやれるくらい破廉恥な自己顕示欲がある人は、人々の注目を集め続けもっと偉くなってやろうというポジティブ志向の塊である。

自分からすると、ポジティブ志向なんて最低限もしくは適度に持ってればいいのに、現代はあたかもそれが美徳のように言われるから勘違いが増える。もしくは根っからそういう性質の人は経営者とか幹部とかのリーダーを目指す。そして必ず、ポジティブ志向の象徴である「現状維持は衰退」とか言い出す。多くの組織の幹部はそう言って、組織の拡大のために末端の職員を鼓舞する。組織というか、会社だったらその存在意義・目的が利益の追及(拡大)だから当然。

かんぽ生命も国家機関の末端とか公社の時は拡張志向はなかっただろうに、やっぱり形だけでも会社になってしまうと普通に上記のような拡大拡張ポジティブ志向を持ってしまったのだろう(本来はただの郵便屋なのに)。本来、こういった元(半)公的企業は民業圧迫しないでスキマを埋めるような仕事をしつつ最低限の利益を確保し存続するのが第一目的だと思うが、そんな尻拭い的組織ではポジティブリーダー達は耐えられないのだろう。もしくはその生かさず殺さずバランスを維持するのが最も難しいのかもしれない。

#と書いてみたが、民営化前から年賀状売りノルマとかあったりして

古谷実と格差

サルチネス
最近、漫画を読む時間はあるので、これまで読めなかった分を読んでいる。

稲中は高校のときに読んだと思い込んでたけど連載時期とかみると20歳くらいの時のようで(古谷実は自分と同年代)、この作品は面白すぎてギャグ漫画の新境地を切り開いたと思った。が以後は稲中含め古谷実作品は一切読んでなかった。
他の作品を読んで、この人の作品はすべてオールタイムベストに入れるべきと思っている。常に笑えるわけではないが時折来る大波、それよりも、全体を流れる雰囲気に、まぁこうして生きてるだけでいいじゃん、って気になる。

僕といっしょ・グリーンヒル:基本この人は家出中学生がボーイミーツガールしつつギャグをするというスタイルなんだと思った。バイクチームの話だけどバイクはあんまり出てこない。気にしなければそれほど不幸でもない、ということか。
以降、絵が上手くなる。別に上手くなくても、全然問題ないんだけど。

ヒミズ:ほぼギャグ無し、シリアスというかアメリカン・ニューシネマ的退廃感。若者は合理的ではないということ。

ヒメアノール:サイコキラーものっていうの?完全に常人と違うプロトコルで動いてる人は対処しがたいね。先のことはわからない。

サルチネス:一番まっすぐに、人生とは何か・いかに生きるべきかという基本テーマをやっている。ギャグも適度にあってよい(というかギャグ漫画か)。やっぱりタケヒコは憎めない、というか憧れる。

わにとかげぎす:孤独をどうするか。ぬるま湯の安定感は、実は貴重なんじゃないかとは、自分も思う。やりたい事があればとことんやって勝負すればいい。でもなければ、むしろ変化のない安定の日々を希望し、そこから少々湧き出てしまう澱み(退屈・このままでいいのか、停滞から退化する不安)さえ処理できれば、それでもいいのではないかと。
それにしても、一見ダメ男が美人とくっつく話ばかりだな。いいんだけど、自分には絶対に起こらない/関係ない世界の話、ばかりもどうかと。

シガテラ:高校時代、バイクと女と不良(いじめ)と。たとえ最高にハッピーな事があっても、次々と来る不幸を中和することはできない。作者が同年代だからバイクを含め時代の空気がよく伝わる。女については全くわからない。高校生の自分に彼女がいたら人生変わったかな~とは思うが、きっといろいろバカなことやって失敗していろんな人に迷惑かけてただろうなとは思う。だが高校生にとってバイクがどんなに魅力的なものかは、実にわかる。作品としては充分楽しんだけど、もう読みたくない。比較的シリアスなノリで次々問題がやって来るし、弱気で平凡な主人公に感情移入しやすいせいか読んでてキツかった。

ゲレクシス:ちゃんとこういうワケわかんないのをまだ全然描けるんだーと、安心した。

高校まではほぼ同じような(一応)子供だけど、その同級生でもその後の人生は格段に異なる、ということは大人になるとわかる。私立だと底辺がいないからそれほど差はないけど、普通のサラリーマンと、金持ち社長くらいの違い(例えば年収10倍以上とか)は普通に出てくる。同窓会というものは、同級生の中でも成功者しか企画・参加しないというけど、小さな飲み会なら結構いろんな人が参加する。ぜひそういうのに出てみて、そのへんの違いを楽しむと良い。自分は客観的には成功しているように見えるけど業界では負け組なので、そのあたり、説明しないとわかってもらえないし、まぁ説明してもわかってもらえてないんだろうけど、まぁいいかって感じで。職業的勝ち負け、もっと基本的なところで独身か既婚か子供何人か、そういうパラ―メータで他人(元同級生)と比較するのは馬鹿らしいこと、というのを会話しながら実感するとよい。学校の成績が良い・高学歴ということと、いわゆる地頭の良さと、幸福感を持って生きていることは、それぞれ相関しない、独立したパラメータである。長い目で見れば、外見、学歴(知的能力)、お金、そんなものでは幸せにはなれない。ではこの混沌の現世をどうしたらいい?そういうことを考える機会、それはどこにでもある。同窓会でも、古谷実作品でもいい。

#無学歴フリーター中年も詰んでるが、潰しの利かないサラリーマンも危険、というか怖い。会社傾いたら終わりじゃん。
一歩間違うと自分もそうなってたかもしれないし、今後鬱で無職になる可能性もゼロではないとか、わざと自分の不安を煽る思考をしてしまうが、その先に、そうなったらそうなったで生保になって、安アパートに一人暮らしで何もしないで死ぬまで生きればいいやって思える開き直りたい。

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