修羅場経験ってありません

シュラバラバンバ
タイトルほど(嫌いな言い回しだが)気合いの入った内容の本ではないのだけれど。

修羅場の極意/佐藤優/中央公論新社

p.21:マキアベリ
君主は、たとえ愛されなくてもいいが、人から恨みを受けることがなく、しかも恐れられる存在でなければならない。なお、恨みを買わないことと、恐れられることとは、りっぱに両立しうる。これは、為政者が、自分の市民や領民の財産、彼らの婦女子にさえ手をつけなければ、かならずできるのである。
(恐れられるためには暴力装置が必要で、用いるならば殺戮のために用いるべきである)
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自国民から搾取し始めたら、いくら自分の周りを軍で固めても早晩、(外国の息のかかった)反対勢力やクーデターで転覆する。


ひとたび略奪で暮らす味をしめた者は、他人の物を奪う口実をいくらでも見つけてしまう。その逆に、血を流す口実となると、めったに見つかるものではなく、じきに種切れになる。
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略奪が常習化したら殺されるまでやめない。純粋な殺人鬼というのは稀。


(「信義にもとる人」が権力を奪取する)

(まわりをお追従者(イエスマン)で固めると騙される。かといって誰でも真実を語ると、見くびられる。そうならないためには)
君主は、国内から幾人かの賢人を選びだして、彼らにだけあなたに自由に真実を話すことを許す。しかも君主の下問の事がらにかぎって、ほかの論議を認めないことにする。君主は、諸般の事項について彼らに訊ね、その意見を聴き、そののち、自分が独りで思いどおりに決断をくださなくてはいけない。しかも、こうした助言が、また個々の助言者が、率直に話せば話すほど歓迎されることを、めいめいに十分汲みとってもらえるように、対応しなくてはいけない。また彼らのほかは、だれのことばにも耳をかさず、君主自身の決断をかならず守り、その決断を貫くことである。これ以外のやり方をしては、お追従者のために没落するか、雑多な意見がでるたびに、やたらに説を変えて、君主の評判ががた落ちになる。
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信頼できる少数の参謀の客観的な意見以外は聞かない、というのが”正しい”独裁君主のあり方なんだね。純粋に民主的な政治をやろうとすると、政府関係者の複雑に絡み合った利害の調整に終始して国全体はおかしな方向へ進み廃退・衰退してゆく、というのは今の日本を見ているとわかる。人間は利己的。大統領制は一定の権限が集中することにより、独裁君主的要素を残しているのか。


p.50
不自由な環境から自由を得た人間は、自由を失うことをとても恐れるようになる。
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それはある。この人のように、一度は実刑≒自由刑≒懲役か禁錮刑を受けた人、いわゆる牢屋に入ったことのある人は、そういう思いが強いだろうな。感覚的には暴力犯罪で実刑というのはわかるけど、著者やホリエモンのようにそうでない人(もちろん詐欺なんかもも立派な犯罪だけど)の少なくとも一部は、実際には誰も傷つけてないけどルール違反というだけで牢屋に入れられちゃう人もいるわけで、そういうのは納得いかないだろうなぁ。
昭和の時代に小学校~高校時代を過ごした自分は、もうあんな学校は嫌だなぁ。大人は勝手でいい


p.66 ヒトラー『続・わが闘争』
そもそも物質的関心とは、理想的な精神的観点がどれくらいぼやけてしまっているかに応じて増えていくものだからである。精神生活面でプリミティブであればあるほど人間は動物的になるもので、あげくの果ては食物摂取を人生唯一の目的とみなすようになる。
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頭の悪い人は獣的に即物的な欲求だけで行動するということ。
動物的とは言いたくない。動物は本能に則り欲望に制限があるけど、人間の欲望には限界がない。その点、人間は動物より不完全。
ヒトラーを悪魔や化け物と思いたいのはわかるけど、彼もまた考える人間だった。


人生=迷

jack in
追い詰められてうろたえるのは人生浅い。大抵、そんなもんだが。

迷わない。/櫻井よしこ/文春新書

p.83
性善説と性悪説でいえば、性悪説で考え、備えるべきだという現実が見えてきます。取材を通して現実を見るにしたがい、現実から目を逸らしてはならないことを学びとっていきます。
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このあたり、共産系の理想主義者とは真逆の現実主義。

p.99
自分だけの落ち着いた時間を、毎日少なくとも二時間から三時間は確保したいと思っています。勉強したり、考えるための時間です。
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ほんと必要です。仕事だけしているのはほとんど奴隷

p.106
私は若い人に、とにかくいろいろなものを読みなさいと言いたいと思います。全部が全部、頭に残るわけではありません。けれど、大事なことの一つや二つは記憶のどこかに必ず残ります。それがいつか、ジグソーパズルの最後の一片のようにピタッと嵌まることがある。今すぐに役立つかどうかなんて関係ありません。何でも読んでおいたほうがよいことだけは、はっきりしています。
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こういうのは意識の下だからわからないけど、少なくとも言えるのは、10代でおよそ本から得た語彙しかその後の一生残らないということ。そこで本を読まないと、表現力に乏しい人間としてしか生きられない。

p.115
大事なことは、
「agree to disagree」
なのです。
「互いの意見が違うことを認め合う」ことです。異なる文化、異なる歴史を有する人々と関わるときの、これが基本です。
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これができる日本人は少ない

p.183
三十代になった頃、何となく、あぁ自分は大丈夫だ、と思えた瞬間がありました。・・・
何か大仕事を成し遂げたわけでもなく、渾身のテーマに運命的に出会った瞬間だったわけでもありません。・・・
とにかく与えられた仕事を一所懸命にやってきた。小さな成果をいくつも重ねてきた結果として、これからもきっと同じようにひとつひとつの事をやり遂げることができるだろう。そんなさあさやかながら意外にしっかりした自信が生まれたのではないかと思います。---
偉そうなことを言うと、自分も30代半ばで「なんとかなるかな」という根拠の無い自信が芽生えて、そこからはそれほど食っていくことに焦らずに仕事してる。やっぱり、自分が納得できるだけ仕事をしてくると、自信が生まれてさらに落ち着いて仕事できるようになるのかもしれない。仕事の能力・自信・実績というのは積み上げるもので、一朝一夕ではできない。

p.191
何もしないで後悔するよりは、やって後悔するほうがいいと、皆さんよくそう言いますが、事によりけりです。基本的には、迷ったときは前に進むのが正しいと思います。
しかしそれは、自分だけが関わる問題の場合です。他者が関わるときは、その他者に対してどうなのかと考えなければいけません。人を傷つけるのであれば、自制して、行動せずに、踏み込まずに、後悔するほうがよいかもしれません。
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そうね、他人については基本、構わないのが正解に近いような。


楽しいことがない

ラットレース
以前からこんな事ばかり書いているが、たまに強く感じ、何もしたくなくなる。厳密に言うと、腹減ってから美味いものを食べたり、酒を飲むのは楽しみ(というよりも逃避)だが、他にはちょっとすぐに思いつかなくなってしまった(うまいものを食うのを目的とした生き方はヒトラーも批判していた)。最近、家庭の事情からゆっくりアニメを見れなくなったしテレビはつまんないし、だいたいやりたい事がない。以前は多趣味だったような気もするけど、単に退屈が怖くていろいろ手を出して時間を潰していただけかもしれない。

やりたい事ってちょっとはあって、人生とは何か?何故生きるのか?を考えることで、でもそれは現在のところ結論が出てしまっている。さんざん書いている通り、生きる目的なんてなくてただ生きてるだけ、やりたい事があれならやれば?程度である。以上。

そうなると日常生活、起きている間のほとんどは義務で占められている。朝、時間に起きて飯用意して食って片づけて出勤してやや仕事して、昼飯食って夕方になったら急いで買い物して帰って飯食って片付けて、いろいろして寝る。たまーにしか、連続睡眠・熟睡できないのもストレスかもしれない。休日は、仕事が無い分家庭的義務が多くて、むしろ自由にできる時間が少ない。一人で好き勝手にできる時間など、ほとんどない。

そういうのが本当に嫌なら一人で生きることである。家庭や子供を持つなんて以ての外、仕事も人づきあいも最小限にすれば義務を減らすことはできる。でももっとつまんなくなるかもしれない。そう考える人はおそらく多くて、だから家庭を持つのか、それとも、何も考えてないのか。

義務しかない人生と考えると、それはなんと乾いたものだろう。一つの利点は、そう考えることで、義務からの解放という一点において、死の恐怖を軽減する。

もう一つは、義務をこなすことで時間を潰し悲観的思考や退屈から遠ざかることができる。人間は結構、単純作業が好きだから、そういう事を毎日決まってやるのは苦痛ではない。犬が毎日散歩するように人生をこなす。先のことを考えて憂鬱になるのは、ましてや楽しい時と比べて普通の時をマイナスと感じるのは人間独特の性質で、それは文化・文明が発展するのに必要な知恵からくるものだけど、生物としては不自然な気もする。犬は今しか生きてない。過去の経験は覚えているけど、自分を捨てた飼い主や、死んだご主人やきょうだい犬の事をくよくよ考えたりはしない。また今日も雨だから散歩に連れてってもらえないだろうなと落ち込んだりもしない。カネや名誉のことも考えない。ただ今を生き、ほんのちょっとの楽しみを見つけようとする。日常を義務と捉えるかどうかは考え方次第、もちろん現実に苦痛を伴う義務からはあらゆる知恵を動員して逃れようとすべきだけど、そういう何も考えない動物的な生き方の方が自然だし強いかもしれない。今日も何もなくてよかった。
でも毎日感謝すべき、まで行くとあまりに教条的で、感謝義務の押しつけである。
(また犬の話だ)


さらに、とりあえずやりたいことが無い場合、日常を安楽に暮らすのが目的になってくるのは当然であろう。日常生活における苦痛の軽減というと、例えば夜勤がある仕事だと、大抵の人にとってそれは生活リズムを崩すし、眠いのを起こされて働くのが良いという人なんていないので、そこから逃れようとするのが正当ということになる。中年以降の徹夜はその後数日にわたって深刻な疲労感を残し、俺はこんなことをするためにこれまでやってきたのか?と思う。すると、その義務のない立場に移るか、完全に転職するのが当面の正当な目的になるけど、なかなかそうもいかない。簡単な転職なんて無いし、それさえ我慢すれば安定的な収入と生活が得られるから仕方なくそこに留まる場合が多い。全面的に快適な仕事なんて無いし。その安定性と苦痛を天秤にかけて、どうしても我慢できなくなったら逃げ出す。それまでは正当でない我慢を強いられよう。つまり人は正当なことだけして生きられない。本当に正当なことだけしようとすると、おそらくあらゆる職場で問題点を発見し、結果働かず生活保護になって社会の批判ばかりする人になってしまう。他人の世話になって文句だけ言うのは、究極的自己中心であろう。当面、その最悪の一歩手前で生きるしかない。

カメラ窃盗の競泳・冨田尚弥選手の失敗

トトリ
自分には関係なくどうでもいい事だが、大変嘘臭い冨田尚弥の主張通り嵌められたのが真実としても彼は3つの失敗をしている。1つは現場で誰のか知らないカメラを持ち帰ってしまったこと。2つ目は窃盗を認めてしまったこと。そしてさらにそれを否定しようとしている(これが失敗すれば3つ目)。
ワケのわからない他人のモノを自室に持ち帰るなど海外では言語道断。それが麻薬だったら、東南アジアのいくつかの国では即死刑である。
罪を認め日本で会見までした後に覆そうとしているようだが、今更である。一回認めた事をひっくり返してみんなに認めてもらうには相応の理由と大変な労力を必要とする。もちろん最初から否定すればすぐ帰国できないどころか、韓国警察に何されるかわかんないけど、本当にやってないなら一貫して否認し正当な手続き(信頼できる通訳と弁護士)を要求すべきであった。一旅行者ならともかく、大会出場者なら必ず日本人が面会に来てくれるだろう。否認した上で帰国するのは、韓国警察・政府が一丸となって彼を嵌めようとしているとしたら大変困難だが、一度認めてしまい後から否定したのをみんなに認めてもらうのはより困難である。サインの効力については「エリア88」を見て勉強しとけ。
彼は気づいてなかったようだが、犯罪者と広く知られたらこの先どうやって日本で暮らしていくつもりだったのだろう?泥棒したことのある運動選手なんて相手にされない事くらいわかるだろう。芸能界同様、スポーツも娯楽で実生活においては無意味なこと。ちょっとばかり泳ぐのが速いとか、その他運動がうまいなんて、前科者という巨大マイナス要素に比べたらどうでもいいことだ。前科者でも認められるには余程ずば抜けたの実力・実績が必要(興行は人気商売だからダメ)。
今年は嘘つきの年なんだろうか。失敗も一つなら大抵リカバーできるけど、2つだと困難、3つだったらほぼ無理。従って彼の名誉(あるのか?)の回復は大変困難だろう。

金と宗教と政治

何船?
覚醒剤で逮捕されたASKAと一緒に逮捕された栩内香澄美は人材派遣会社パソナ代表・南部靖之(創価学会員)の秘書、接待役(喜び組≒性接待要員)。南部主催のパーティにASKAが出席して知り合った。

以前から南部と近い関係にあった竹中平蔵は2001~2005年まで小泉政権で金融担当大臣・経済財政担当相、その間の2004年に労働者派遣法が改正された。後に竹中はパソナの特別顧問に就任(2007年。その後会長)。因みにパソナの売上高は1356億円(2003年5月期)から2369億円(2008年5月期)とほぼ倍増。

他に南部と関係が深い政治家は
前原誠司(民主党):妻・愛里は創価短大出身の信者で、南部の元秘書
中川秀直元自民党幹事長

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金で政治家を抱き込んで、自分の企業に有利なように法を変える。派遣法改正の結果、格差社会が加速され、競争に勝てなかった奴は負け組として奴隷のように働かされる。

金と宗教で人を操るのはの最高の権力だね。政治家は自らの利益、金と政局でしか動かないのかな(たまに根っからおかしな思想を持っている人もいる)。金というのは、単なる拝金か、もしくは政治家の立場維持のために必要なもの。欲があるから、人間社会はどうしてもそうなってしまう。


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